音楽(ロック)

2007/03/15

“Woman Is The Nigger Of The World”

John_lennon 曲の歌詞の解釈はその人の自由だと(少なくとも僕は)思う。「この歌詞はこう解釈すべき」、なんて堅苦しいことは言わないで、自由に、思い込みでもいいから、その曲を自分なりに読み解いていく。これがまた楽しいのだ。

 そんなこんなで、今回はジョン・レノンの“Woman Is The Nigger Of The World”について、勝手に解釈してみる。この曲は、全体としては、「世界中で女性の社会的地位が低いんだ、だからなんとかしようぜ」、みたいな内容だ。ちなみに、“Woman Is The Nigger Of The World”というフレーズ自体は、ヨーコが雑誌のインタヴューで言ったものらしい。

 さて、曲はこう始まる。

Woman is the nigger of the world
Yes she is ... think about it
Woman is the nigger of the world
Think about it ... do something about it

 このパートは「女性は世界のnigger(黒人の蔑称)なんだ。みんな、なんとかしようよ」といったまさに主題的な内容。ここは、とくに引っかかるところはない。ただ、この部分でよく問題とされたのが、“nigger”という単語。これは黒人への差別用語で、“black person”がPC(Politically Correct)。それで、ジョン・レノンは人種差別主義者だ、なんてことを言われたり、曲も放送禁止になったりした。まぁ、本人は黒人への差別意識をもって、曲を書いたんじゃなくて、あくまで表現上のものだと思うけど…。女性は黒人のように虐げられているんだ、ということを強調したかっただけだろう。つぎに…、

We make her paint her face and dance
If she won't be a slave, we say that she don't love us
If she's real, we say she's trying to be a man
While putting her down we pretend that she's above us

 1行目は「私たちは女性に化粧をさせ、踊らせる」。“We”は男たちを指すと思うので、「男たちは女性に化粧をさせ、踊らせる」かな。「化粧をさせる」というフレーズからは、「女は男のお飾りなんだ」的なニュアンスを受ける。また、「踊らせる」からは、「女=エンターテイメント」みたいな構図も読み取れなくもない(まさに勝手な解釈だけど…)。そして、2行目は「女性が(男の)ドレイになろうとしないなら、男は自分を愛していないと言う」。う~んと…。たぶん、これは「男は、女の従順な態度が「愛」だと思っている(勘違いしている)」ってことだろうと思う。そして、3行目以降。「もし女性が本物なら、男たちは、女は男になろうとしていると言う」。これは、女性の権利向上に否定的な男性が描いている? そして、「男は女をもてはやすフリをしながら、女を見下している」と続く。なるほどね…。女性のことを「やたらと」持ち上げる男がいたら、彼はもしかしたら…、なんて。

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2006/12/01

ジョン・レノン-7 家族~射殺

20780476_2 しばらくの間、ジョン・レノンについて書いてきましたが、今回で最後になります。

 ショーンが生まれた1975年から5年間、ジョンはバミューダ島で過ごします。家族3人だけの生活です。ビートルズでの活動、平和運動など、ハードな生活を送っていた彼にとって、家族との時間は貴重なものだったはずです。別居状態を解消したばかりのヨーコ、そして「自分の誇り」とまで言った息子ショーンとの時間…。上の写真のジョンとショーンのツーショットは、そうした島での生活を象徴する場面ではないでしょうか。

 そして、1980年、アルバム「ダブル・ファンタジー」がリリースされます。このアルバムは、ジョンがバミューダ島で書いた多数の曲が基になっています。内容としては、"(Just like) Starting Over"などヨーコとの関係に関するものが多く、また、"Beautiful Boy(Darling Boy)"といったショーンに関する曲も含まれています。このアルバムからも、島での生活の間、ジョンの意識が家族に向いていたことが、うかがえます。

 *****************************

 1980年12月8日の夕方5時ごろ、ジョンとヨーコはニューアルバムのレコーディングのために、ダコタの自宅を出ます。家を出ようとした二人は、数人のファンに囲まれサインを求められました。その中に、後にジョン・レノンを射殺することになるマーク・デイヴィッド・チャップマンがいました。ジョンは、チャップマンがもっていた「ダブル・ファンタジー」のアルバムにサインをしてあげます。

 そして、ジョンとヨーコはレコーディング・スタジオに行き、数時間を過ごし、夜の11時ごろに自宅へ向かいました。自宅前に着き、車を降りたジョンは、背後からある男に声をかけられます。

 「レノンさん」

 声の主はチャップマンでした。彼はジョンの名前を呼んだかと思うと、ジョンに向かって4発の弾丸を発射します。2発の弾はジョンの背中の左側に、そして残りの2発は左肩に命中…。ジョンは自宅玄関の方へとよろめきながら歩いていき、「撃たれた…」と言うと、バタリと地面に倒れこみます。冬のニューヨーク、冷たい道路が血に染まります。一方のチャップマンは逃げる様子もなく、落ち着いた様子で歩道に座っていました。自宅の守衛がチャップマンに近づき、

 「何をしたのか、わかっているのか?」

 と聞くと、チャップマンは冷静な様子で応えます。

 「ただ、ジョン・レノンを撃っただけさ」

 その後、警察が到着し、ジョンはルーズベルト病院に運び込まれました。駆けつけた警官がジョンに向かって…

 「自分がだれだか、わかるか?」

 と尋ねると、ジョンは小さくうなずき、声を出そうとします。が、言葉になりません。ジョンはその後、意識を失います。そして、午後11時15分、病院で死亡が確認されます。死因は体内の血液量の80%を失ったことによる出血死でした。

 夫の死を知ったヨーコは、ショックを受け泣き叫びました。また、ショーンもこの日、父親を失うことになります。メディアは一斉にジョン・レノンの死を報道し、各界の有名人が追悼の意を表明。そして、事を聞きつけた一般の人々が病院の周りに集まり、祈りをささげ、彼の曲を唄い続けました…。

Johnyokosean_8

 ★バミューダ島での生活★

 *http://www.johnlennon.com/site.html   >Videos>"Watching The Wheels"

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2006/11/29

ジョン・レノン-6 平和

Johnlennon800 ジョン・レノンはビートルズ脱退後、主に平和運動に身を投じました。

 1969年、彼はヴェトナム戦争反対を訴えて、"Give Peace A Chance"をレコーディングします。この曲は、反戦活動家としてのジョン・レノンを象徴するものです。また、世界中の音楽家に、音楽を通じて政治的なメッセージを発信することができるんだ、ということを示しました。

 ジョン・レノンのこうした活動は国家の行く末をも左右しかねないほど多大なものでした。若者から絶大な支持を受けている彼は1972年、若者に対し「選挙に行き、反戦の意思を示すんだ」と呼びかけます。これは、とりもなおさずニクソン大統領不支持を意味していました。ヴェトナム戦争を推し進めるニクソン大統領にとって、ジョン・レノンはうっとうしい存在となります。「臭いものには蓋をしろ」ということで、ニクソン大統領はジョン・レノンに国外追放を命じます。しかし結局、ニクソン大統領はウォーターゲート事件により辞任を余儀なくされ、ジョンは国外追放を免れます。(ジョン・レノンに関するFBIの資料はhttp://www.lennonfbifiles.com/で確認できます)

 前回のジョン・レノン-5で取り上げたように、彼の曲には"fear"という単語がよく出てきます。戦争の犠牲になる人たちの"fear"を想像すれば、「ジョン・レノンは国益を理解しない理想主義的な平和主義者だ」なんてことを言えないはずです…。

 *YouTube →http://www.youtube.com/watch?v=OGyiT5U28vM

 上は"Happy Christmas(War Is Over)"の映像作品。幸福の象徴的なイベントであるクリスマスと、不幸の象徴ともいえる戦争を結び付けているところが、なんとも強烈です…。この映像を見ると、反戦を訴えるジョン・レノンに共感を覚えざるを得ません。生々しい場面もありますので、それを踏まえた上でご覧くださいませ。

 「目には目を」は 我々すべてを盲目にする マハトマ・ガンディー

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2006/11/08

ジョン・レノン-5 苦痛

13johnandsean_2 ソロ時代のジョン・レノンの曲の歌詞を見てみると、いくつかのキーワードがあることに気付きます。僕が特に気になったキーワードは「苦痛」、「恐怖」、「不安」、そして「真と偽」です。

ジョンの生い立ち、ヨーコとの関係、平和運動などを考えるとき、これらのキーワードが頭に浮かんできては、そうした彼の人生と結びつきます。

 下では、実際の彼の曲から、関連する歌詞の部分を抜き出してみました。なかでも、「苦痛」と「恐怖」については、想像以上に使われていましたね。また、 ローリングストーン誌のインタヴューを聞いていても、ジョンは"pain"、"scared"といった言葉をよく使う印象を受けます。

「苦痛」

"Till the pain is so big you feel nothing at all"(Working Class Heroより)"After you've caused so much pain"(Isolationより)"God is a concept By which we measure Our pain"(Godより) "So much pain"(My Mummy's Deadより)"I was swallowing my pain"(Jealous Guyより)"It's hard enough I know just to feel your own pain"(Aisumasen (I'm Sorry)より)

「恐怖」

"We're afraid to be alone"(Isolationより)"I was shivering inside"(Jealous Guyより)"We can shake it with love when we're scared"(Bring On The Lucie (Freda People)より)"I'm scared, I'm scared, I'm scared"(Scaredより)"No, I won't be afraid, just as long as you stand, stand by me"(Stand by meより*Ben E. King)"Surely not to live in pain and fear"(Instant Karmaより)"Let's hope it's a good one
Without any fear"(Happy Xmas (War Is Over)
より)"Have no fear The monster's gone He's on the run and your daddy's here"(Beautiful Boy (Darling Boy)より)

「不安」

"don't you worry'Bout what you've done "(Rememberより)"You gotta worry But it's so hard"(It's So Hardより)"You don't have to worry"(Scaredより)"Blew my worries to the sky"(I'm Stepping Outより) "I was feeling insecure"(Jealous Guyより)

「真と偽」

"Love is real, real is love"(Loveより)"And that's reality"(Godより)、"I don't believe in ***"(Godより)、"All I want is the truth Just gimme some truth "(Give Me Some Truthより)"Seemed so very real, it seemed so real to me"(#9 Dream より)"Well now you're lookin' for a world of truth"(I Don't Wanna Face Itより)"We will see it through For our love is true"(Grow Old With Meより)

 また、ジョンは1970年、Arthur Janov医師のプライマル・セラピー(感情発散療法)というものを経験しました。このセラピーの影響から、彼は自分自身の苦しみを「叫び(Screaming)」によって表現するようになります。たとえば、"Mother"、"Remember"、"Isolation"、"I Found Out"、"My Mummy's Dead"、"Well Well Well"などといった曲に、それは反映されています。そして、以下のライブでの"Cold Turkey"の演奏も、こうした背景をふまえてから見てみると、単に"Crazy"としてだけ評価するのはどうなんだろう、という気がしてきます。

*YouTube→http://www.youtube.com/watch?v=NW1h7804WuM

 彼自身のヘロイン中毒を歌にしたもの。途中警察に囲まれている映像は、麻薬使用で逮捕されたときの映像(たぶん)。 にしても、ジョンにとって「Freedom」や「Liberal」とはどういうものだったんだろう…? 行き過ぎた個人主義に近いような気もするけど。違うのかな…。

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2006/11/07

ジョン・レノン-4 "JohnAndYoko"

Jgffj_3 ジョンがヨーコに出会ったのは、1966年11月9日。彼がロンドンで開かれたインディカ・アート・ギャラリーのヨーコの作品展を見に行ったときです。恋人同士になったのは、1968年。その次の年、ジョンは前妻のシンシアと離婚します。

 余談ですが、このときジョンとシンシアとの間にはジュリアンという子供がいました。ジュリアンにとっては、父親が自分から離れて行ってしまうという状況です。このとき、ジュリアンは5歳くらい。そして、ジョン自身が父に家を出て行かれたのも彼が5歳のときです。さらに、ショーンも5歳のとき、父親ジョンを失くします。不気味な「連鎖」です…。

 さて、ヨーコはイギリスでマスメディアからかなり叩かれていたようです。そこには人種差別的な色彩も帯びていました。ジョンはこうした攻撃から、ヨーコを守ります。ジョンのヨーコへの思いはかなり強いようです。たとえば、ジョンはメディアに対し、自分達は"John and Yoko"ではない。自分達はふたりでひとつなので、"JohnAndYoko"だと言っていたらしいです。こんな恥ずかしいことをよく人前で…。あぁ、敬愛なるジョン…。

 そんなふたりの仲もときには、冷めてしまうこともあったようです。1973年夏のことです。このとき、ヨーコはとんでもない提案をします。この頃、ジョンとヨーコには、メイ・パンという中国系のアシスタントがいました。ヨーコは、このメイ・パンに、「あなたはジョンの内縁の妻としてぴったりだから、彼といっしょに住んでくれない?」と頼みます。

 「え?」

 …。ヨーコの意図は、みなさまの想像にお任せするとして、ジョンとメイはロスで同棲を始めます。こうした、ジョンとヨーコの別居状態は、当時のゴシップ記事を賑わせました。ジョン・レノンのダークサイドとして…。ただ、別居中、ジョンは、ヨーコに会ったり、電話で連絡をとったりしていたみたいですけど。そして、1975年のはじめ、ジョンとヨーコは和解し、ジョンはヨーコのもとへと帰ってきます。こうして、また"JohnAndYoko"となるのです。

 それから、すぐにショーンが生まれ、ジョンはそれ以後亡くなるまで、ヨーコ、ショーンといっしょに過ごしました。1980年にリリースされた「ダブル・ファンタジー」は、二人の関係を扱ったコンセプト・アルバムです。

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2006/11/02

ジョン・レノン-3 イエスより有名さ

Bk1922_1  母代わりだったメアリーの心配はなんのその、ジョンはビートルズで大成功をおさめます。ビートルズでの成功は説明の余地がありませんよね。ビートルズを知らない人は少ないはずです。将来スターになるというジョンの言葉は、現実のものとなりました。メアリーもひと安心。

 ん~と、ビートルズでの輝かしい功績を書いてもおもしろくなさそうなので、「負の部分」について、書きたいと思います。ひひひ。

 まず、ポールとの確執について。

 二人は仲は常にハッピーだったわけではないみたいです。ジョンはポールが企画したマジカル・ミステリー・ツアーや、レット・イット・ビー(ゲット・バック)に、乗り気じゃありませんでした。ジョンによると「(企画は)ポールによるポールのためのものだった」らしいです。ジョンとしては、リーダーはオレだ!ってことなのでしょうか…? また、ローリングストーンズ誌のインタヴューでも、ジョンはポールへの敵対心を見せていました(※ポッドキャストで聞けます)。

 ただ、二人は互いに尊敬しあっていたみたいですね。先ほどのインタヴューでは、ジョンはポールへの敬意も示しています。また、ポールの方も、「プレイボーイ」のインタヴューで、

"We all looked up to John. He was older and he was very much the leader; he was the quickest wit and the smartest and all that kind of thing."

 と言っていますから。真意はわかりませんけどね…。僕なんかは、互いの才能に対するジェラシーじゃないの? って気がしています。

 次に「イエスよりも有名」発言について 。

 ジョンは、1966年3月、宗教に関する発言で物議をかもします。以下のものがその発言です。

 "Christianity will go. It will vanish and shrink. ... I don't know what will go first, rock 'n' roll or Christianity. We're more popular than Jesus now. Jesus was all right but his disciples were thick and ordinary. It's them twisting it that ruins it for me."

 居酒屋のおっちゃんが同じことを言ってもたいして問題になりませんが、ジョン・レノンが言うと問題になってしまいます。ジョンを崇拝する若者は世界中にいたはずで、彼の言葉はそうした若者に大きな影響を与えますから。ジョンの発言を受け、まずアメリカ南部で抗議が起こります。また保守派がビートルズのレコードを燃やしたり、ラジオ局がビートルズの曲を流すのを禁止したり、さらにはヴァチカンまで動き出す始末…。1966年8月、ビートルズはシカゴで記者会見を開きました。そこでジョンが謝罪したことで事態は収束へ向かいます。ただ、記者会見のときの、ジョンと記者との会話を読む限り、ジョンはあまり反省していない様子…。しかたなく謝っている感じです。やっぱり悪がき…。ちなみに、この事件の以後、ビートルズはツアーをするのを止めてしまいます。

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2006/11/01

ジョン・レノン-2 スターになる

738455018_2  学生時代、ジョンはやんちゃ小僧だったらしいです。 これを聞いて…

 「え~、ホントに? あのジョン・レノンがやんちゃだったなんて、信じられな~い」

  という方はおそらく、いないと思います…。彼は、正真正銘の悪ガキでした。社会に対するアンチ精神は、この頃すでに爆発しています。学校でクラスは一番下、授業中にマンガを描いて遊んでいたらしいです。おそらく、教科書に載っている歴史上の偉大な人物の顔写真も、とんでもないことになっていたと、想像します。シェイクスピア、チャーチルあたりは間違いなく…。

 そして、ジョンは先生のものまねもしていました。先生の変なクセを真似るんです。クラスに一人はいますよね、先生のものまねが上手いやつって。どんな教師を、どのようにもの真似していたのか、とても興味があります。僕も、自分がジョンの同級生だったらどんなに面白いだろうと思います。友達になりたいですね。まぁ、でも下手したら、ジョンにいじめられるかもしれないけど…。学校の「終わりの会」で

 「今日、ジョンが僕のコンパスを勝手に使いましたぁ~」

 とか言ってるかも…。

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 そしてそして、ジョンは学校の先生と、おばメアリーのはからいにより、なんとか大学進学を決めます。リヴァプールのアートカレッジです。が、しかし、結局退学に…。おばのメアリーも、かなりジョンの将来を心配していたのではないかと思います…。しっかりしてよ、ジョン!

 この頃、ジョンはアメリカのロックンロールに感化されます。エルヴィス・プレスリー、チャック・ベリー、リトル・リチャードなどなど。そんなジョンに、おばのメアリーは、ギターを買ってあげたらしいです。彼の初ギターです。メアリーは、すぐ飽きてくれるようにと願います。そんな、彼女の思いをよそに、ジョンは、自分はいつかスターになると言っていました…。彼なら言いそうですよね。でも、メアリーはよく、ジョンにこう諭していたらしいです。

 「ギターを弾くのはいいわ。でもね、ジョン、それだけでは生きていけないのよ」

 おばのメアリーが言っていることは、とても正当なものです。まさか、このとき、「うちの子」が音楽史を塗り変えるようなアーティストになるとは想像もしていないでしょうから。僕も、もし将来、自分の子供が

 「父さん、オレ、ロックンロールしてぇんだ」

 と言えば、きっと

 「ギターを弾くのはいいわ。でもね、太郎、それだけでは生きていけないのよ」

 と言って諭すでしょう。 

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2006/10/28

ジョン・レノン-1 母ジュリア

Lennonkj_4  こんにちは。お久しぶりです。えっと…、僕です。あなたが知っている「僕」です。その他の方には、ヘンテコなブログを書いてる人間の一人ですかね…。

 えっと~、今日はジョン・レノンについて、ちょっと思うことがありまして、ペンを取った次第です。というか、キーボードを打つ次第です。

 最近、あるフレーズが僕の頭の中を駆け巡っております。それは…

 「あ~ん、ジョン・レノンってカッコいいな~」

 というものです。

 なにも、「ジョン・レノンってイケメンだよね~」といった表面的なカッコよさを言っているのではなく、なんというか、生き様というか、逝き様というか、そういったものです。

 「具体的にジョン・レノンのどこがカッコいいんだよ?!」

…という方。まぁ僕の話を聞いてください。より正確には、僕のWikipedia(English)からの受け入りの知識を語らせてください。

 まず、ジョンは比較的不幸な幼少時代を過ごしているんですよ。たとえば、ジョンが5歳のときに父親のアルフレッド・レノンに家を出て行かれます。♪Daddy, come home.です。さらにその後、母親のジュリア・レノンからも見放され、おばのメアリーの元に引き取られます。♪Mama, don't go.です。つまり、実の両親から捨てられる…。こうした、幼少時代の辛苦は、後の「Mother」といった曲に反映されています。実際の経験を元に作った曲なので、とてもリアルです。

 ♪Mama, don't go. Daddy, come home....

Lennon_keef_1

 そして、ジョンが17歳のときに母親のジュリアが死んでしまいます。飲酒運転の警察官の車にはねられて…。当時のジョンの心境は、僕には想像すらできません。だけど、彼は最初の(シンシア・パウエルとの間の)子供に、母親のジュリアからとって、「ジュリアン・レノン」と名づけています。母親のジュリアに捨てられてるのに、それなのに、自分の息子に母親の名前を使っています…。(左の写真:ジョンに抱かれているジュリアン)

 ♪Mama, don't go.

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2006/09/14

のび太とジェレミー・スペンサー

Jeremy_spencer  ずっと、気になっていたことがあります。気になって夜も眠れない、というほどでもないですが、少なからず気になっていたことです。

 ジェレミー・スペンサーというイギリスのブルース・シンガーがいます。左の写真の方がそうです。なんとも、どすの利いた風貌です。きっと、コワいお兄さんなんでしょう…。たぶん。彼がやっている音楽はブリティッシュ・ブルースというジャンルで、曲はどれもカッコよくて、渋くて、もう最高なんですが、問題は彼の声です! というのは…

 『どう聞いても、声が「のび太」にそっくり…』

 僕の耳がおかしいだけなのでしょうか…。のび太の声といっても、現在の「のび太」ではなく、元祖「のび太」です。ジェレミースペンサーの曲を聞いていると、過ぎ去りし元祖「のび太」の記憶がよみがえります。

 「ああ、なつかしいな…のび太」

 みなさんもご確認くださいませ。以下のiTunesで試聴できます。ブルースをかっこよく唄う、野比のび太。

     のび太とジェレミー・スペンサー⇒Jeremy Spencer - The Blues Anthology - Look Down At My Woman

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2006/08/16

月にアレがある

Zep_69_repet  ドラッグ。クスリ。麻薬に手を出してはいけない。こんなこと誰でもわかっていることです。しかし、往年のミュージシャンたちは麻薬をよく使っていたみたいですね。

 ロック・ミュージシャンは大概ドラッグをやってる印象。ポール・マッカートニーなんか、ドラッグでふらふらしながら、ジャーナリストのインタヴューに答えている映像があります、たしか。ドキュメンタリーかなんかで見ました。意味不明なことを言い続けてました…。彼もドラッグでふらふらしながら、作曲していたのかも…。あと、レッド・ツェッペリンなんか音楽自体がドラッグに近いような気がします。サイケデリックな音楽ってドラッグから生まれたんでしょうか。たぶん、そうなんだろう…。詳しくは知らないけど。

 ソウルの神さま、レイ・チャールズも麻薬を常習していたみたいです。映画『Ray/レイ』でも描かれていました。麻薬の症状が明らかに出ている状態でレコーディングしていたのですね…。ファンキーなおっさんです。彼の名曲たちは麻薬なしには生まれなかったのでしょうか。ただ、少なくともドラッグが彼の作曲に影響を与えたのは確かですね。ちなみに、映画「Ray/レイ」の中では「ドラッグをやると月までぶっ飛ぶんだ」みたいなことをレイが言っていました。その他にも麻薬をやっていた音楽家として、ボブ・ディラン、ジョン・レノン、ジミ・ヘンドリクス、ジャニス・ジョプリン、日本でも井上陽水、西川隆宏(元ドリカム)などなど…。

 月までぶっ飛ばないと作れない曲って、やっぱりあるんだろうか。月に何があるんだ。うぅ…。考え出すと深みにはまりそうだ。

 ①Led Zepagain の「カシミール」~本物に限りなく近い⇒Led Zepagain - A Tribute to Led Zeppelin - Kashmir

 ②ラップで「カシミール」~僕はラップが苦手ですが…⇒Led Zeppelin Tribute Band - Hip Hop Tribute to Led Zeppelin - Kashmir

 ③クラシックで「カシミール」~水と油ではなかった!⇒London Philharmonic Orchestra & Peter Scholes - Kashmir - Symphonic Led Zeppelin - Kashmir

 ④本家レッド・ツェッペリン

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